第2回 ベーゼンドルファーのおはなし

先月からスタートした「ベーゼンドルファーのおはなし」。ベーゼンドルファー好きな方でもなかなか知らないこと!?が解明されるかも!

~~~ベーゼンドルファーのおはなし~~~

kawaguchi1(文:川口成彦)

第2回 皇帝インペリアル!!

  こんにちは、川口成彦です。先日オランダを代表するピアニストのロナルド・ブラウティハムの演奏会を聴きにアムステルダムより電車で約80分のエーデという街に行ってきました。ブラウティハムさんはフォルテピアノと現代のピアノの両面で世界的に活躍する方で、彼のベートーヴェンのピアノ独奏曲全曲(!!)の古楽器による録音は非常に素晴らしく、クラシック音楽が大好きな方は必聴の名盤揃いです。この度の演奏会のホール、エーデコンサートホール(Edesche Concertzaal) にはベーゼンドルファーのフルコンサートグランドピアノが置かれていました。ベートーヴェン、シューマン、ニールセン、ステンハンマル(スウェーデンの近代作曲家)の作品が巨大なベーゼンドルファーで生き生きと演奏されました。

インペリアル201511

   皆さん「インペリアル」って聞いたことありますか。全長290 cm あり、「モデル290」と分類されるベーゼンドルファーの最上位機種が「インペリアル」です。今回ブラウティハムさんが演奏された楽器がまさにそれ。日本語にしますと「皇帝」ということになるでしょうか。とても華々しい名前ですが、その名に相応しく敬意を表したくなるようなピアノです。インペリアルは一目見ただけでその大きさに圧倒されるのですが、実は音域が普通の88鍵(A0~C8、7オクターヴと短3度)ではなく、なんと9鍵も多い97鍵(C0~C8、8オクターヴ)もあるんです!!この付け足された低音域は「エクストラベース」もしくは「エクステンドキー」と呼ばれています。この鍵盤は通常の鍵盤と視覚的に明確に分けるために黒く塗られています。わたしも初めて大型のベーゼンドルファー特有のこの黒い鍵盤を見た中学生ぐらいの時に、「なにこれ!!面白い!!」と興味津々でした。この黒い鍵盤はインペリアルの他には全長225cmの「モデル225」にも付いており、こちらの方はインペリアルよりは狭い音域で低音部に4鍵が付け足されています。それにしてもどうしてインペリアルのような広い音域のピアノが生み出されたのでしょうか・・・

エクストラベース(エクステンドキー)

エクストラベース(エクステンドキー)

  そのきっかけとなった人物がイタリアの作曲家およびピアニストのフェルッチョ ・ブゾーニ(Ferruccio Busoni 1866-1924) だと言われています。J. S. バッハの有名なシャコンヌのピアノのための素晴らしい編曲が今日数多くのピアニストによって度々演奏会でも取り上げられているため、ブゾーニの名前が耳に馴染んでいらっしゃる方は沢山いらっしゃるのではないでしょうか。ブゾーニはシャコンヌだけではなく、様々なJ. S. バッハの作品の編曲を試みていまして、オルガン作品の編曲において普通のピアノでは出すことの出来ない低音が必要となったため、ベーゼンドルファー社に楽器に低音をさらに付け足すことを提案したそうです。ピアノという楽器が誕生した18世紀初期より作曲家ないし鍵盤楽器奏者が楽器製作者に助言なり注文をするということはピアノの変容においてとても重要なものでした。そしてインペリアルもまさにそんな歴史の賜物なのですね。

フルッチョ・ブゾーニ

フルッチョ・ブゾーニ

 インペリアルの登場はやはり様々な作曲家に影響を与えたようで、エクストラベースが無くては演奏出来ない作品も生み出されました。代表的な作品の一つとしてハンガリーの作曲家ベーラ・バルトーク(Bartók Béla 1881-1945)のピアノ協奏曲第2番があります。例えば第1楽章の295小節はエクストラベースが無くては演奏出来ない部分です。この曲がインペリアル以外のピアノで演奏される際は低音を1オクターヴ上げて弾くなりしなければならないですね。

ブゾーニ楽譜201511

 エクストラベースはただ単に音数が増えたということだけで完結しません。この存在により響板面積が広くなり、ベースを支える太い弦の本数が増えるため、倍音がより一層豊かになります。そのためピアノの音色も一層豊かになります。例えばラヴェルやドビュッシーのピアノ曲も通常のピアノの最低音あるいは非常に低い音を多く使うものもありますが、それらもその低音の音色にこだわるのであればインペリアルは大変有効であると思います。エクストラベースというのはベーゼンドルファー社のとっておきの発明ですね。ただこのエクストラベースが付いているのは「モデル290(インペリアル)」と「モデル225」のみで、通常の音域のベーゼンドルファーの方がもしかしたら一般的にはお目見えすることが多いかもしれません。わたしが現在在籍しているアムステルダム音楽院の練習室にもベーゼンドルファーのピアノがありますが、そちらは普通の88鍵です。

学校ベーゼン201511

 さて以前とあるピアノの愛好家のかたから「ピアノって色々あるけれど例えばベーゼンドルファーってちょっと独特で弾きにくかったりするのかしら」と質問されたことがありました。世の中に様々存在するピアノのどれが弾きやすく、どれが弾きにくいか、というのは本当に人それぞれ感じ方が違いますので何とも言い難い質問でした。けれど一つ言えることはベーゼンドルファーというピアノは演奏者の音や表現へのこだわりに非常によく寄り添ってくれるということです。少なくともわたしはそう感じています。特にそう感じるようになったのはフォルテピアノを演奏するようになって、おそらくピアノの中でも極めてでデリケートな18世紀末のウィーンのピアノに多く触れるようになってからです。それらの約200年前のピアノは指先のミリ単位の動きでもって音色を変えます。わたしの指もそれらの昔のピアノに向き合うようになってからミリ単位の動きにとても執着するようになったのですが、今年ベーゼンドルファーを色々弾く機会があった際に色々実験してみたら、その微細な指の動きに楽器が見事に反応して驚きました。「現代のピアノもここまで指先の微細なタッチにこだわるべきものなんだ!」とベーゼンドルファーのピアノから改めて感じることが出来ました。わたしの場合はそういった点からベーゼンドルファーは非常に表現に可能性があるピアノだと感じています。

  ベーゼンドルファーに限らず様々なピアノが存在し、どれもそれぞれの持ち味というものがありますので、そのキャラクターを楽器に触れながら探っていくことはとても楽しいことです。そしてそれもピアノを弾くことの楽しみの一つ!!いやはやピアノというのはやはり楽しいものですね。

 それでは今回はトルコのピアニスト、ファジル・サイのブゾーニ版のJ. S. バッハのシャコンヌと共に終わりたいと思います。使用楽器はインペリアルです。

 

https://www.youtube.com/watch?v=QEwXDzcrkEg

 

◆川口成彦プロフィール (公式HP http://naru-fortepiano.jimdo.com/

 東京藝術大学音楽部楽理科を経て、同大学大学院修士課程古楽科を大学院アカンサス賞を受賞して首席修了。現在アムステルダム音楽院古楽科修士課程在学中。第1回ローマ・フォルテピアノ国際コンクール(M.クレメンティ賞)優勝、ヘールフィンク国際フォルテピアノコンクール2015や第27回国際古楽コンクール(山梨)鍵盤楽器部門入賞の他、現代のピアノのコンクールにおいても優勝および入賞。現代のピアノや古楽器の独奏のみならずアンサンブルにも意欲的に取り組む。

さらにスペイン音楽をこよなく愛し、昨年3月に開催した「ゴヤの生きたスペインより」を皮切りに、古典期からロマン派初期におけるスペイン人作曲家の知 られざる作品の演奏、本邦初演も精力的に行う。イタリアの諸都市でリサイタルが開かれ、トリエステの古楽音楽祭WunderkammerTrieste2013にも出演。J.L.デュセックの作品集のCDがBRILLIANTCLASSICS(オランダ)より発売。