第14回ベーゼンドルファーのおはなし

第14回 オスカー・ピーターソンとベーゼンドルファー

(文:川口成彦)

(文:川口成彦)


 ベーゼンドルファーのピアノを愛した偉大なジャズピアニストがいました。「鍵盤の皇帝」とも言われるオスカー・ピーターソン(1925-2007)です。西インド諸島出身の移民家庭のもとカナダのモントリオールに彼は生まれたピアニストで、60年以上に渡るキャリアの中で大変数多くの演奏会を世界中で行い、200を超えるレコーディングを残しました。そしてグラミー賞を8回も受賞し、日本では1999年に第11回高松宮殿下記念世界文化賞(日本美術協会主催)を受賞しています。2002年にはBösendorfer Lifetime Achievement Awardという賞をベーゼンドルファーより授与されており、2003年11月21日にはウィーンの楽友協会の黄金の間でベーゼンドルファー社設立175周年記念コンサートをオスカー・ピーターソン・カルテットで開催しました。 “Night in Vienna”というタイトルで行われたこの演奏会はDVDでも今日見ることが出来ます。
1977年のオスカー・ピーターソン

1977年のオスカー・ピーターソン

【オスカー・ピータ-ソンのベーゼンドルファー】
 ピーターソンがベーゼンドルファーに恋に落ちたのは1970年代の終わり頃でした。ウィーンでの演奏会の時に彼のマネージャーを務めていたノーマン・グランツ(1918-2001)に「おいおい、ノーマン、あのピアノはどこに行っちまうんだ?俺もああいった楽器を持たなきゃ! (Dammit, Norman, where does this box go? I also gotta have such a thing!)」と言ったというエピソードがあります。そしてそれがピーターソンとベーゼンドルファーとの長い友好関係の始まりでもありました。そしてピーターソンはその後model 290 Imperialを所有しました。1981年にウィーンの工房を訪れその楽器を選定したそうです。彼の音楽活動はそれ以降ベーゼンドルファーのピアノと共に繰り広げられていきました。そしてピーターソンは2007年12月23日に腎不全のためトロント郊外の自宅で亡くなります。それと共に彼の所有したベーゼンドルファーのピアノは自宅のスタジオで誰にも触れられることなく眠ることになってしまったそうです。
 そのピーターソンのピアノが彼の死後初めて公に出たのは “Oscar@90”と題された彼の生誕90周年を祝う演奏会でのことで、2015年12月11日にトロント王立音楽院のカーナーホール(Koerner Hall)にて行われました。この演奏会は “Oscar,With Love”というピーターソンへのオマージュのCDの発売も記念して行われました。チック・コリア、ビル・チャーラップ、ケニー・バロン、ベニー・グリーン、オリバー・ジョーンズ、ジャスティン・コーフリン、ジェラルド・クレイトン、モンティ・アレキサンダー、ロビ・ボトス、ラムゼイ・ルイス、レニー・ロスネス、小曽根真、上原ひろみなどが名を連ねています。
このCDはピーターソンの自宅のスタジオで行われ、彼が所有したインペリアルで録音が行われました。このCDによって彼の所有した楽器の音が初めて収録され、世に出ました。

Oscar@90のフライヤー

Oscar@90のフライヤー

トロント王立音楽院のカーナーホール

トロント王立音楽院のカーナーホール


 今年2017年はピーターソンの没後10年目の年で、 “Oscar, With Love”と再び題された演奏会がシカゴのシンフォニーセンターで4月7日に行われました。その舞台に上がったのはModel 280VCのベーゼンドルファーです。オスカー・ピータソンの音楽はこれからも様々なピアニストの手を通してベーゼンドルファーの新しい歴史と共に歩んでいくのだな、と感じました。

【オスカー・ピータソン特別モデルのベーゼンドルファー】
 “Oscar@90”や “Oscar, With Love” で盛り上がったオスカー・ピータソンの生誕90周年にはBösendorfer Oscar Peterson Signature Editionという特別なモデルがModel 200とModel 290のサイズで12台限定で作られました。この限定モデルはピータソンの遺産を引き継いでいる“Estate of Oscar Peterson” とのコラボレーションで作られ、デザインなどはピータソンの妻のケリー・ピータソンが監修したようです。ケリーは1986年からオスカーと生活を共にし、1990年に彼と結婚しました。この限定モデルではYAMAHAによって生み出されたハイテクな自動演奏システムDisklavier E3によってオスカー・ピータソンの演奏を鍵盤のタッチ(ハンマーの動き方)やペダルの踏み加減など全てを再現出来るようになっています。自動演奏によって再現出来るようになった彼の演奏のオリジナルは1984年に録音されたもので、「A列車で行こうTake the A Train」(ビリー・ストレイホーン作曲)、「恋に恋して Falling in Love with Love」(リチャード・ロジャース作曲)、「ハニーサックルローズ Honeysuckle Rose」(ファッツ・ウォーラー作曲)、「サムワン・トゥー・ウォッチ・オーヴァー・ミー Someone to Watch Over Me」(ジョージ・ガーシュウィン作曲)などのカヴァーの他にオリジナルも含んだ全13曲です。自動演奏でもういないはずのオスカー・ピータソンが帰って来てくれたという感覚を体験することは、ケリーさんにとっても大変感動的だったでしょう。「初めの一音を聴いた時から涙が湧き出ました。とても嬉しい経験だったのはオスカーが座っていた鍵盤の前に身を置いて、彼になった感覚で音楽を聴けることでした」というようなことをケリーさんは語っています。Bösendorfer Oscar Peterson Signature Editionの1台目のお披露目は先述した “Oscar@90” の演奏会で行われました。この自動演奏システム付きの特別モデルは以下の動画で音を聴くことができます。デザインもとてもかっこいいです。

https://m.youtube.com/watch?v=3dJC0qGpr40

【女王エリザベス2世が除幕を行なったオスカー・ピータソンの銅像】
ナショナルアートセンター

 カナダのオタワにあるナショナル・アート・センターにはオスカー・ピータソンの銅像があります。これは2010年6月にカナダの女王(イギリスの女王を兼ねる)エリザベス2世によりお披露目されました。ピアノにはベーゼンドルファーの名前がしっかりと書かれています。オスカー・ピータソンはベーゼンドルファーを本当に愛していたのだな、とこの銅像からもしみじみと伝わってきました。今年2017年はオスカー・ピータソンの没後10周年の年。彼に想いを馳せながら年末に向けて色々と録音を聴き漁ってみたいと感じる冬になりそうです。