第11回ベーゼンドルファーのおはなし

11回 ウィーンの工場に行ってきました 最終回 & ベーゼンドルファーのスクエアピアノ

(文:川口成彦)

(文:川口成彦)

 だんだんと寒くなってまいりましたがいかがお過ごしでしょうか。わたしが今住んでいるアムステルダムはなんだか随分と寒くなったと思ったら気温が氷点下になっていて真冬の到来を感じました。第7回より続けてきましたベーゼンドルファーの工場見学のレポ、ついに最終回です。前回は金属フレームや側板をはじめ、ピアノの大きな枠組みとなる部品の製造について書きましたが、今回は残りの製造工程で特に注目すべきところをピックアップしてピアノの完成に向かいたいと思います。下の写真はスプルースの木材で作られたピアノの響板です。響板に美しい音の振動が伝わるまであともう少しです!

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【ピアノの低音部の弦の製作】

 ピアノの本体に重要な大きな部品を見た後に(前回までの記事を参照)まず初めに驚いたのが、ピアノの低音部の太い弦を作る工程でした。一人の職人さんが弦作りの作業場で黙々と手を動かしていました。 棒状の回転する機械にピアノ線をそっと触れさせると、職人の妙技によってスルスルスルッ!と数秒のうちに弦が出来上がってしまいました。ちょっとした力加減で形が崩れてしまいそうなデリケートな作業ですが、職人の手にかかるととても簡単な作業のように見えてしまうほどでした。

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【オープンピンブロック】

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 ピアノの弦を張るために用いられるのが沢山の「ピン」ですが、調律をする時に用いるピンを「チューニングピン」と呼びます。多くのピアノはこのチューニングピンを突き刺すための「ピンブロック」に金属板が重ねられているのに対し、ベーゼンドルファーのピアノはピンブロックが露出しています。ですから金属板はそれらのピンブロックがしっかり見えるように加工されています。下の写真でピンが並んでいる木材の部分がはっきりお分かりいただけると思います。これを「オープンピンブロック」と言います。ピンブロックの上に金属板が重ねられないことで、弦から響板に伝う部分における金属の介入が減るので、楽器本来の木の音色がピアノから響くようになります。ベーゼンドルファーのようなオープンピンブロックを例えばヤマハのCF4CF6が採用しています。

 

【塗装】

 ピアノに塗料を塗る作業場は近未来的な雰囲気で予期せぬ光景だったのでとても面白かったです。「塗る」というか「放射する」という感じでしょうか?塗料が塗られた後に佇む作業場のピアノはなんだか現代アートのようでした。

 

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足の部分も塗装完了です。

 

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【鍵盤とハンマー】

 ピアノの鍵盤やハンマーはこの工場では作られていません。鍵盤はKLUGEという会社がベーゼンドルファー社特注のものを作っています。そしてハンマーおよびハンマーアクションはRENNER(ルイスレンナー)という会社が製造を行っています。両社ともドイツの会社でKLUGEはヴッパータール近郊に1876年に設立され、RENNER1882年にシュトゥットガルトに設立されました。ピアノの部品は全部で合わせて約1万個とも言われていますが、ピアノ製造工場では扱っていない部品もあり、それらは鍵盤やハンマーのように別の会社に委ねています。

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 それらの鍵盤やハンマーを楽器本体に取り付ける作業がベーゼンドルファーの工場内では行われています。鍵盤やハンマー、アクションは弾き心地や音色を大きく左右するのでかなり入念に調整されます。

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 アップライトピアノにも鍵盤やハンマーが取り付けられ、入念に調整されます。余談ですが、アップライトピアノの金属フレームに描かれているこの紋章のようなものはグランドタイプには見られないそうです。アップライトだけの特別なベーゼンドルファーの印です。かっこいいですね。 

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【完成、そして楽器調整】

 塗装や鍵盤、ハンマーを本体に入れる過程、楽器に脚や蓋などまだ未装着だった部品を取り付ける過程、それらを経てピアノはやっと完成します。

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 第8回の「ベーゼンドルファーのおはなし」でお話した木材の乾燥から4回に渡ってベーゼンドルファーの工場見学で知ることができたピアノ製造の様子をお伝えしてきましたが、ついに「完成」の項目にたどり着きました。ベーゼンドルファーのピアノは材料となる木材の乾燥を経た後、一台のピアノの製造工程に約62週間の時間がかけられます。一つ一つの作業場に専門の職人がいて丁寧に楽器を作っている様子を知ると、ホールや練習室などで出会うベーゼンドルファーのピアノが本当に貴重なものなのだな、と改めて思いました。ピアノ製造の全てを記事に出来たわけではなく、お伝え出来なかった部分の方がかなり多いと思いますが、工場の中の様子の4回に渡る記事でピアノが作られる大まかな流れを知っていただけたら嬉しく思います。

 

 ところでピアノは作られた後、なんと調律や整音などの最終調整に約8週間も時間をかけます。そして最終検査において技術責任者による詳細な検査を経て合格したものが、市場に渡るのです。8週間の調整期間は予想を上回る時間の長さで、初めて伺った時はとても驚きました。

【ベーゼンドルファーのスクエアピアノ】

 さて話は変わりまして皆さま「スクエアピアノ」というものをご存知でしょうか。ドイツ語では「ターフェルクラヴィーア」と呼ばれます。つまり「机型のピアノ」です。グランドタイプのピアノでもないし、アップライト型のピアノでもないスクエアピアノ、1828年にベーゼンドルファーが製作したものがウィーン美術史美術館に保管されています。こちらがその写真です。

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 スクエアピアノは18世紀末から19世紀末まで主にプライベートな空間で広く愛されました。その起源をたどるとイギリスで活躍した鍵盤楽器製作家のヨハネス・ツンペ Johannes Zumpe (1726-1790)に行き着きます。ツンペはJ. S.バッハと親交のあった製作家ゴッドフリード・ジルバーマンの弟子で、彼自身J. S. バッハの息子のJ. C. バッハと親交がありました。クリスチャンはツンペのピアノでリサイタルを行うなど楽器のプロモーションに一役買ったそうです。そのようにイギリスで盛んになったスクエアピアノはすぐにヨーロッパ中に広がり、イギリス以外の国でも18世紀のうちに作られるようになりました。下の写真1枚目が1769年に作られたツンペの楽器です。そして2枚目はイギリス以外で作られたものの例として1798年にパリのG. P. Roduwartによって作られた楽器です。

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 ベーゼンドルファーのスクエアピアノは、ウィーンでもスクエアピアノが広く親しまれていたのではないかということを想像させてくれます。ベートーヴェンやシューベルトの小品をスクエアピアノの音色で楽しむのもなかなか素敵かもしれませんね。