第1回ベーゼンドルファーのおはなし

 (※10月5日の文章の改訂版です。) 

Gala工房新企画!「ベーゼンドルファーのおはなし」ということで、毎月1回その名の通り、ベーゼンドルファーのピアノについて、川口成彦さんにいろいろと書いていただくことにしました。

私もこれを機にいろいろと学ばせていただきます!

 

 

~~~ ベーゼンドルファーのおはなし  ~~~                                                                             kawaguchi1  川口成彦(文)

第1回 ベーゼンドルファーの起源を辿って

ベーゼンドルファーは音楽の都ウィーンに本社工場を構えるピアノ製造会社です。イグナーツ・ベーゼンドルファー(Ignaz Bösendorfer 1796-1859)が自分の楽器製作の師であるヨゼフ・ブロードマン(Joseph Johann Broamann c1771-1848)の工房を買い取って1828年に創業しました。しばし「ウィンナートーン」や「至福のピアニシモ」とも形容されるべーゼンドルファーのピアノは一年間で300台しか生産されないそうです。つまり1828年の創業以来約50,000台のピアノが世に送り出されたということになりますね。これは19世紀に創業して今日まで続くピアノ製造会社の中でも圧倒的に少ない台数です[1]。私は生産台数については恥ずかしながら最近知りまして、「えっ!?そんなに少なかったの!」とびっくりしてしまいました。1台のピアノの製造にかける期間はなんと62週間で、そのうち調律・整音などの最終調整に8週間が費やされるそうです。ベーゼンドルファーは今日のピアノを代表するものの一つですけれど、その一台一台の存在は本当に貴重なものなのだと、つくづく感じてしまいました。




[1]例えばスタンウェイは1853年の創業以来600,000台を超えるピアノを生産しています。

イグナーツ・ベーゼンドルファー

イグナーツ・ベーゼンドルファー

ベーゼンドルファーは先に述べたようにヨゼフ・ブロートマンに弟子入りしていました。初期のベーゼンドルファーのピアノのネームボードのいくつかには「ヨゼフ・ブロートマンの弟子イグナーツ・ベーゼンドルファー」や「ヨゼフ・ブロートマンの工房で作られたイグナーツ・ベーゼンドルファー」というような記載が見られます。ブロートマンは19世紀初頭のウィーンの重要なピアノ製作家の一人です。プロイセンのアイヒスバルトで生まれ、音楽の都ウィーンに少年時代に移り住んだブロートマンは、モーツァルト、ベートーヴェン、シューベルトといった偉大な音楽家たちに刺激を受けながら、フェルディナンド・ホフマン(Ferdinand Hoffman 1756-1829)の下でピアノ製作を学び、その後ヨーロッパで広く名の知られた製作家となります。現存する彼のピアノはグランドタイプが20台、スクエアタイプが6台知られています。そのうちの一つがオペラ『魔弾の射手』やピアノ曲『舞踏への勧誘』などで有名なドイツの作曲家ウェーバー(Carl Maria Friedrich Ernst von Weber 1786-1826)が1813年に購入したピアノです。 

  ちなみに1815年のブロートマンの楽器を使ったウェーバーのピアノ曲の録音を見つけました。演奏者はドゥンカン・クミンとクリストファー・ホグウッドで演奏に使っているブロートマンのピアノはホグウッドの所有していたものだそうです。ホグウッドは古楽界の重鎮の一人でしたが2014年に残念ながら亡くなられました。2010年の録音によるこのCDはベーゼンドルファーの起源ともなっているブロートマンの音色を味わうにはとても良いものですし、晩年のホグウッドのピアノ演奏もお楽しみいただけます。ちなみに下のページから少しですが録音を聴くことができます!今から200年前のブロートマンのピアノの音色、とても温かみがあり美しいですね。ファゴットペダル(薄葉紙と絹を重ねたものが弦に挿入されて低音域をファゴットに似た音にする装置)やトルコペダル(ピアノの内部に備え付けられた打楽器を鳴らす装置)もこのブロートマンには付いているようで、とても効果的に録音で使われています。

http://www.classicsonline.com/catalogue/product.aspx?pid=1827553#

ウェーバーが所有したJ.ブロートマンのピアノ

ウェーバーが所有したJ.ブロートマンのピアノ

ブロートマンの師匠ホフマンのピアノはニューヨークのメトロポリタン美術館のホームページで写真や音色を楽しむことが出来ます。是非ご覧になってみて下さい。こんな風にピアノの起源を辿っていくことは面白いですね。ホフマンもブロートマンもウィーンで活躍していた重要な製作家ですので、ベーゼンドルファーはウィーンの良き楽器製作の流れの中に位置づいたピアノ製作会社なのだと改めて思いました。

http://www.metmuseum.org/toah/works-of-art/1984.34 (メトロポリタン美術館)

  そう言えば最近アンドラーシュ・シフが1820年にウィーンで作られた「ブロートマン」のピアノで演奏したシューベルトやベートーヴェンのCDを出していますね。この楽器はシフの持ち物で、ボンのベートーヴェン・ハウスに貸与しているものだそうです。そしてしばしばこの「ブロートマン」がベーゼンドルファーの師のヨゼフと同一人物だと思われてしまっているようですが、シフの演奏しているこの楽器はヨゼフ・ブロートマンではなく彼の兄弟フランツ・ブロートマンが製作したものです。しかしこのフランツ・ブロートマンも素敵な楽器ですね。シフの「ディアベリ変奏曲(ベートーヴェン)」の録音を聴きましたが、なんとも素晴らしいものでした。楽器も素晴らしいですが、わたしはとにかくシフのフォルテピアノを自由自在に操った名演に圧倒されました。やはり恐ろしいピアニストですね…。

皆さまも是非聴いてみて下さい!

第1回目からちょっとマニアックな小話になりましたね笑。古楽器ネタはまた今後もあると思いますがどうぞよろしくお願いします^^19世紀のベーゼンドルファーのピアノもまた違う記事でご紹介出来たらと思います。ではまた!

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◆川口成彦プロフィール (公式HP http://naru-fortepiano.jimdo.com/)

東京藝術大学音楽部楽理科を経て、同大学大学院修士課程古楽科を大学院アカンサス賞を受賞して首席修了。第1回ローマ・フォルテピアノ国際コンクール(M.クレメンティ賞)優勝、第27回国際古楽コンクール(山梨)鍵盤楽器部門第2位入賞の他、現代のピアノのコンクールにおいても優勝および入賞。現代のピアノや古楽器の独奏のみならずアンサンブルにも意欲的に取り組む。
さらにスペイン音楽をこよなく愛し、昨年3月に開催した「ゴヤの生きたスペインより」を皮切りに、古典期からロマン派初期におけるスペイン人作曲家の知られざる作品の演奏、本邦初演も精力的に行う。
イタリアの諸都市でリサイタルが開かれ、トリエステの古楽音楽祭WunderkammerTrieste2013にも出演。J.L.デュセックの作品集のCDがBRILLIANTCLASSICS(オランダ)より発売。