第4回ベーゼンドルファーのおはなし

あけまして おめでとうございます。今年もGala工房をよろしくお願いいたします。

さて、新年の幕開けに2016年のメモリアルイヤーの音楽家を調べてみました。

モーツァルト 生誕260年、サティ 生誕150年、ワーグナー 生誕160年、パブロ・カザルス 生誕140年、山田耕筰 生誕120年、ショスタコーヴィチ生誕110年

シューマン没後160年、リスト 没後130年、クララ・シューマン 没後120年、武満徹 没後20年、モートン・グールド 没後20年

クラシックコンサートのプログラムでは、その年のメモリアルイヤーの作曲家にちなんだものが多くなります。お正月にこれらの音楽家の曲を予習しようかなと思います(笑)。

~~~ベーゼンドルファーのおはなし~~~

(文:川口成彦)

(文:川口成彦)

第4回 ハンマーアクションむかしむかし

 明けましておめでとうございます。2016年となり皆さまどのようにお過ごしでしょうか。「ベーゼンドルファーのおはなし」を今年も楽しく語っていきたいと思います。どうぞよろしくお願いします!

 さて12月中旬に演奏会のためにフィレンツェのアカデミア・バルトロメオ・クリストフォリ(Accademia Bartolomeo Cristofoli) を訪れました。ここはイモラ国際ピアノアカデミーの副学長であるイタリアのピアニスト、ステファノ・フィウッツィ氏の所有する18世紀から19世紀のピアノが並ぶコンサートホールです。楽器の修復所も付随しており、職人の街フィレンツェのムード満載です。ここで1790年頃のイタリアで作られた作者不詳のピアノを用いて演奏会を行ったのですが、その翌日にコレクションの一つである1846年製のベーゼンドルファーを試弾してきました。茶色いボディーがなんだか上品な楽器です。

1月A1

1月B 

 わたしは古楽器に触れる機会がとても多いので、例えば同じウィーンの楽器でしたら1830年頃のペーター・ローゼンベルガーPeter Rosenberger、1840年頃のコンラート・グラーフConrad Graf などを弾いたことがあります。それらの楽器から「19世紀前半のウィーンのピアノは丸みのある絹のような音色だ」という印象を受けていたのですが、この1846年のベーゼンドルファーからはシルキーなサウンドというよりも、とても華やかで煌びやかな音の印象を感じました。もちろん時代も19世紀中旬ですから、当時を沸かせたヴィルトゥオーゾピアニストたちのパッションにも耐えうるような力強さがピアノに求められ、それが音色にも反映されているかもしれませんね。しかし一方でこの楽器は繊細な音色の宝庫でもありました。ピアニシモの音を出すことにとても良い集中力を必要とする楽器で、鍵盤を「ゆっくりと下ろす」ことによって生み出されるピアニシモはまさに「至福」でした。

弦はやはり平行弦です(現代のピアノは交差弦)。

1月C

 さてベーゼンドルファーのピアノと言えば、「ウィーン式アクション(跳ね上げ式ハンマーアクション)」を用いた最後のピアノを製造したメーカーとしても知られています。現代のピアノは「イギリス式アクション(突き上げ式ハンマーアクション)」を採用しています。これらのアクションに関して言葉だけで分かりやすく説明するのは難しいですね。。そこでyoutubeをあさりましてこんなものを見つけました。(1)が「ウィーン式アクション」、(2)が「イギリス式アクション」の動画です。どちらも19世紀のピアノのハンマーアクションを再現しているので、現代のピアノの機構に比べるとシンプルな部分もありますが、両者の決定的な違いを知るには良い動画でしょう。(1)はシュトライヒャー、(2)はエラールのピアノのハンマーアクションの再現のようです。両者はハンマーを押し上げる原理が違うのですが、それによりハンマーの向きにも相違が見られます。ウィーン式アクションは演奏者とハンマーが向かい合っているのに対して、イギリス式アクションは演奏者の視線と同じ方向にハンマーがついています。

 (1)ウィーン式アクション

 

(2)イギリス式アクション

  

 

 19世紀はこの2つのハンマーアクションが共存する時代でした。もちろんこの両者に優劣関係があるわけではなく、ウィーン式の良さ、イギリス式の良さというのを作曲家、演奏家、聴衆などなどそれぞれがこだわりを持っていた時代だったと言えるでしょう。例えばJ. N. フンメル(Johan Nepomuk Hummel 1778 ~ 1837)はウィーン式アクションのピアノを贔屓しており、1828年出版の『ピアノフォルテ奏法』の中でピアノアクションに関して色々と言及しています。例えば次のような事柄です。これらの言及は1828年のものなので、もちろんその時期のピアノに関しての言及です。

 ・ウィーン式アクションは弾きやすく、イギリス式アクションは弾きにくい

 ・ウィーン式アクションでは演奏者は様々なニュアンスでの演奏が可能。敏感に明確に音を出すことが出来る。

 ・イギリス式アクションは音の持続性と豊かさという点では利点があるが、タッチは重く、鍵盤が深く沈むために連打音においてハンマーの反応が悪い。

 ・イギリス式アクションはウィーン式のものほど多彩な音のニュアンスを備えていない。

 

 他にも色々なことを彼は言っているのですが、これらの言及からフンメルのウィーン式アクションへのこだわりを強く感じることが出来ます。

 このウィーン式アクションのピアノというのは19世紀には数多く作られていました。しかし現代のピアノへと向かう楽器の変容においてイギリス式アクションの改良が進み、ウィーン式アクションのピアノは1909年をもって製造が終わってしまうのです。そしてこの地球上で最後のウィーン式アクションのピアノを製造したのがベーゼンドルファー社でした。

 

 ピアノが大きく変容する時代において、最後の最後までウィーンの伝統的な音作りにこだわったベーゼンドルファー。現在はもうイギリス式アクションを用いていますが、ピアノの音作りにおいてもしかしたら古き良きウィーン式アクションの時代の楽器の音の薫りがイメージされているのではないか、と思う瞬間が多々あります。個人的にはウィーン式アクションを再び採用した現代スタイルの新型ピアノが製造されるようになったら面白いだろうな、なんて妄想していたりします。昨年、例えばスタンウェイ社がピアニストのバレンボイム、フォルテピアノ製作家のクリス・マーネとタッグを組んで交差弦ではなく19世紀以前のスタイルである平行弦を用いたピアノを製作したことが話題になりました。そういった古典回帰的発想がモダニズムを生み出す現代において、ウィーン式アクションが蘇ることも近い将来あり得るかもしれませんね。楽しみです。